ワーママ手探りライフ

育児休業を取得し、2017年度に職場復帰しました。生活が苦しいです。2016年に第1子を授かることができました。低価格ミニマリストを目指しています。

お母さんは存在していれば良いのだキリッ

自分の幼少期のこと、けっこう忘れてしまっていたなと、実感しております。

 

最近、例えば息子とスーパーに行ったときに、自分が小さい頃お母さんとスーパーに行くの好きだったなとか、棚でかくれんぼしてお母さんを見失ってものすごく不安な気持ちになったなとか、些細なことまで思い出す😃💡

 

何か小さなとっかかりで、記憶の奥底にあったものが掘り出される感じ。それはまるで、タイムカプセル💊

 

 

 

タイム・カプセル・オブ・メモリーズ❇

 

 

 

TOM。

 

 

プログレスの登場人物も、トム。トムと、メアリー。苗字はWhiteと、Brown。これって肌の色?人種を意識させる内容ね。

 

 

スケルッツァパルテ、自分には「私」「妻」「お母さん」「娘」という役割がある。(核家族だったので「孫」という意識も少なく、また同居していないため「嫁」という自覚もあんまりない。)

 

 

5月からは「私」という役割を取り戻して、働きに行ける訳だ。働いていた時は、辞めたいとかダルいとか思っていたのに、今は働ける喜びを感じてしまうなんて不思議!

 

 

1年間で、「私」が無くなってしまったような感覚に陥る。○○君ママと呼ばれたり、苗字で呼ばれたりして、旧友や家族を除き私が28年間呼ばれて続けた呼称では誰も呼んでくれなかった。

 

道を歩いても、息子にだけ話しかけられるということに慣れた。最初は、私もここにいるのに無視されてムカつく、と思っていたのが、今では私に話しかけられていると思わなくてリアクションが遅れてしまうくらいになった。

 

大人との難しい会話を全然しなくなって、語彙が減った。あーとかうーとか、狼に育てられた少女のようになった。

 

「私」を取り戻せますように。今は、息子との人格の境界がとても曖昧です。息子は一人の人間なのに、くっついているような感じ?私が息子の中に入っていくような錯覚もあります。他のお母さんはどんな感じなのだろー?

 

 

この中で「妻」というポジションは紙切れ1枚で契約された何とも頼りないものだなと思った。これを維持していくのはタイヘン。親しき仲にも礼儀あり🐜でいかないとね。

 

 

「お母さん」というポジションは、ただ存在していれば、息子にとって永遠に揺るがない。家事が出来なくても、病弱でも、一般常識に欠けても、犯罪歴があっても、お母さんはお母さん。ある意味ラクだし、ある意味責任重大だなぁ。

 

 

息子を産んでしまった以上、「お母さん」の役割は義務だから、手を抜けるところは手を抜いて、そう、料理とか手を抜いて、肝要なところはシッカリしていかなければならないと決心。決して料理をサボる決心ではありません。